【記録】イミグレーション・ミュージアム・東京 ―普段着のできごと―
■展示
日程:平成27年 9月5日(土)〜9月23日(水・祝) (土日・祝日のみ開催) 10:00-19:00
会場:東京都足立区千住曙町3-17
■会期中イベント
・トーク・イベント
「イミグレーション・ミュージアムと旅行者の視点」 スピーカー:岩井成昭
日時:平成27年9月5日(土)16:00-17:30
「IMMギャラリー・トーク」
日時:平成27年9月5日(土)18:00-19:00
・パフォーマンス
林賢黙 《snapshot》
日時:平成27年9月20日(日) / 22日(火・祝) 10:00/14:00/16:00(各回30分程度)
9月、「イミグレーション・ミュージアム・東京 –普段着のできごと−」が開催された。IMMの活動の意義について再認識すると同時に多くの課題も見つかった。
前回の2月に実施した展覧会の終了後、2015年9月の展覧会に向けて「イミグレーション・ミュージアム・東京」は新たなメンバーの募集を実施した。その結果、足立区在住の人、国際結婚や留学の経験から日本の外国人に興味を持っている人など新たに4人が新メンバーとして加わり、これまで蓄積された成果に彼らの体験と思いを反映しながら作品制作を行った。会場は京成線の関屋・牛田駅から徒歩30秒に位置している2階建ての空き家であった。10年間使われていなかった建物ということで、床はガタガタで壁ははがれかけ。展示のための会場補修作業中は、ご近所の方に近くのセメント屋さんを教えていただいたり、脚立をお借りしたり、差し入れをいただいたり。特に、向かいに住んでいる大家さんは毎日のように補修中の展示会場に足を運んでくれた。ご子息のこと、千住のこと、自分のこれからのこと、とりとめなく話しては、毎回「お話できて嬉しかった」と言って去っていく様子がとても印象的だった。会場が元中華料理屋だったというエピソードから製作した鮮やかな紫色ののれんは道行く人の目を引き、新しい飲み屋がオープンしたと思ってやってくる地元のおじさんたちとの、思いがけない出会いを生むきっかけとなった。
展示会場外観
初日の5日には、オープニングイベントとして2本のトークイベントが行われた。ひとつはIMM企画・監修の岩井成昭が、海外における多文化的風景と移民ミュージアムの事例を紹介する「イミグレーション・ミュージアムと旅行者の視点」、もうひとつはIMMメンバーによる展覧会の内容や展示作品に関する解説を行った「IMMギャラリー・トーク」である。9月5日、まだ残る夏の暑さにもかかわらず、狭い会場は来場者でいっぱいになった。
トークイベント 「イミグレーション・ミュージアムと旅行者の視点」
IMMギャラリー・トーク
総計9日間開催された「イミグレーション・ミュージアム・東京 −普段気のできごと−」は、4つの作品を展示して来場者を迎えた。1階に設置されたのは足立区に滞在している外国人の協力で完成した2点の作品。入って右手、目を引く強烈な赤を背景にした森本菜穂の《Can’t take my eyes off you》は、カトリック梅田教会に集うフィリピンコミュニティとの関わりの中で生まれた作品である。
一昨年度からIMMとカトリック梅田教会の関わりは始まっていたが、ともにプロジェクトを行うまでの関係構築には至っていないと感じていた森本は毎週のように教会に通い詰めた。次第にフィリピン人の方々との仲は深まっていき、教会の行事のお手伝い、子供達からの個人的な悩み相談、さらにはカラオケランチに誘われるほどに。しかし、アウトプットの形態をきめる段階で、森本のなかに「作品を作るためにフィリピン人の方々に出会うことは搾取」との思いが膨らみ、作品を作ることで今までの出会いの意味が歪んでしまうのではという恐れが生まれていた。その恐れが、展覧会という場で作品として表現することを躊躇させていたという。思い入れが強くなればなるほど、人々に寄り添いながらも、繊細さを持って新しい提案をすることは非常に難しい。
森本は一つの答えとして教会での体験と思いを書き込んだ6枚のパネルとともに10通の手紙を展示した。手紙は宛先に記されたたった一人にあてられたもので、他の人が読むことはできない。会場まで、手紙を取りに来てくれたフィリピン人の方々は嬉しそうだった。
牛田駅からさほど遠くない梅島駅の近くに100人を超えるフィリピン人が集まる教会があるという事実は、会場周辺に住む方々はもちろん、在留外国人や多文化に興味を持って活動している人でさえ、接することのなかった情報のようで、多くの来場者が関心を示していた。
会場1階の様子
森本菜穂 《Can’t take my eyes off you》
会場1階にあるもう一つの作品は《北千住多国籍会議》。2015年2月の展示から、より発展したかたちで展示されたこの作品は、千住周辺に住んでいる7名の外国人が案内してくれた彼らの目を通した千住を落とし込んだ地図と、千住の形をしたテーブルがセットになっている。地図のスポットとリンクしたテーブル上の赤い点からは、彼らがよく行くお店や、外国生活を営む上での工夫も垣間見ることができる。外国人たちが挙げた場所に加えて、来場者がおすすめする千住のスポットを、会期中多くの人々がテーブルに書き込んでいった。経営しているお店から、通っている保育園まで、国籍関係なく、各々の千住を語り合った。タクシー運転手をしているという男性は、今と昔のタクシー事情と昼間から飲める店について教えてくれたあと意気揚々と去っていった。
この作品では新メンバーたちが活躍している。北野留美はその一人。普段から自主的に小冊子を発行し、それらを韓国のアートブックフェアに出展するなど行動力がある。表現することに馴染みがないわけではないが、展覧会の形式の中で、作品にリサーチ結果をどのように落とし込んでいくべきかについて発想し、発言することには難しさを感じていた。異なる文化背景への敬意を持ちながら、一人一人の外国人と向き合うエピソードとステレオタイプな見方を区別し選択することは、IMMの活動で作品を作る時に重要かつ困難な課題だ。しかし、会期が始まり、千住の形をした机で来た人と会話する中で、かるたやボードゲームなど、新たなアウトプットの形も見えてきたという。
宮本一行+北野留美+泉祐子+山田泰子《北千住多国籍会議》
会場正面の階段を上がった二階には、二つの映像作品がある。木の床に置かれた3台のテレビ。“ずいぶん古そうだけど、ちゃんと映るね”と言われるほど古く小さいブラウン管のモニターには人らしき映像や、その人の持ち物が映される。そして、映像とともに聴こえてくる日本語。韓国人留学生姜賢植の《声》は、日本語を話す際にどうしても出てしまう外国人特有の訛りを取り除き、言葉の内容だけを伝えようと試みた作品だ。各モニターには語り手の外国人が映され、彼らが話した言葉は日本人の発音と声で鑑賞者の耳に届く。
会場2階の様子
姜賢植 《声》
2階の左側にある押入れには4つのモニターが1列に並んでいる。知らない言語のある言葉やフレーズが、知っている言語のように聞こえることは外国に行ったり、暮らしたことのある人にはよくある話。《スカイ・イヤー》は、そんな体験談を日本で暮らしている外国人にインタビューし映像化した作品で、思わずフッと笑ってしまう2編のエピソードが綴られていた。
宮本一行+日比野桃子 《スカイ・イアー》
20日と22日にパフォーマンス《snapshot》が、開催された。1日3回づつ、各回30分に渡って行われたパフォーマンスは、留学生である演奏者が日本の生活で常に接している風景と音を素材にした即興的なピアノ演奏である。ピアノが置かれている壁面には演奏者自ら撮った日本の風景が映された。彼が思う日本らしい風景。聞きなれたフレーズと現代的な要素が絡み合う遊び心あるピアノの音。二つが絡み合い、観客の心の中に新しい風景を立ち上げていた。
パフォーマンス 林賢黙 《snapshot》の様子
「イミグレーション・ミュージアム・東京-普段着の出来事-」は今後のIMMの活動につながる成果と、乗り越えるべき課題を与えてくれた展覧会となった。
最も大きな成果は、展覧会場まで足を運んでくれたフィリピン人の方々の存在だ。一緒に何かをしよう、あなたたちの文化にないことをしよう、と提案ができる段階まできたといえる。
また今回の展覧会には、アート関係者よりも地元の方々が多く来場された。アートや多文化共生に普段関心を持っていない方でも、展覧会の趣旨を説明すると、自分が海外で外国人として暮らした経験、近くに住む外国人の話など、ささやかな日常ベースのできごとを語ってくれた。もちろん、世間話をして帰ってしまった人もいる。例えば、昼間から酔っ払っている陽気なおじさんと下町に住む外国人、普段その関係性を意識することがない両者の接点を考える仕掛け作りは今後の検討事項だ。
一方で、IMMの活動のフレームに関わる課題も明らかになった。近年増えてきた市民参加型プロジェクトだが、IMMには「作品制作」という他のプロジェクトには無いファクターが存在する。2月の展覧会まで中心となって活動してきたメンバー数人が仕事や健康上の都合から、活動の継続が困難となり、新たなメンバーを迎え活動することとなった。新メンバーにとっては、手探りの状態で作る初めての展覧会。昨年度からの継続作品を担当したが、本番の具体的なイメージを持つには、あまりに短い準備期間だったことは言うまでもない。会期終了後の反省会で新メンバーからは「もっと深く関わりたかった」「会期が始まるまでどういう作品になるのか想像できなかったし、何をやっていいのか分からなかった」との意見が出た。
IMMの活動において、展示は常に通過点だ。一つの答えなど存在しない多文化共生という課題に試行錯誤しながら立ち向かうこと。ノウハウの蓄積以上に、予定調和から逃れて悩みながらも考え続けることが、大切なことなのかもしれない。
イミグレーション・ミュージアム・東京のささやかな挑戦はこれからもつづいていく。
企画・監修:岩井成昭
設営協力:村井啓哲
助成:一般財団法人YS市庭コミュニティー財団